マドリード日本人会

2013年6月から2014年7月までスペインで繰り広げられる日西交流400周年事業の具体化作業が始まっていますが、1613年に支倉常長の率いる使節を乗せてガレオン船San Juan Basutista号が石巻を出港した事から色いろな出来事が起こりました。その一つにセビリア県Coria del Rioに残った日本人の子孫がハポン姓を名乗って居る事は良く知られています。1996年にミス・スペインの栄冠を勝ち得たモデル兼司会業のMaría José Suarez(1975年3月1日生まれ、Coria Del Rio出身)さんもその一例でやはりハポン姓を持っています。

人と人が交流する事で新しいエピソードが生まれると言う例ですが、先日El Mundo紙を読んでいたらRoberto Moriと言う俳優の紹介が有りました。1975年8月25日生まれのアストゥーリアス出身の方ですが、Moriと言う苗字が目に留まりました。どうも日本の姓と思われ、インターネットで調べてみましたが、日本との関係を示す記事には出会いませんでした。写真を見てみましたが、日本人の血が混じっている様でもあり、そうでも無い様ではっきりは判りません。誰かご存知の方が居たら教えてください。

俳優やTVのアナウンサー更には建築家等、各方面で日本の姓を持つ方の活躍も目にする事が多くなってきました。中々頼もしい現象です。日西交流400周年をきっかけにその様な方々と話が出来る機会があればと思っています。

文責:新村

10 コメント to

“スペイン人俳優-Roberto Mori”

  1. 読者

    スペイン国内のMori姓のうち、半数以上がアストゥリアス出身のようです。スペイン北部でも特にアストゥリアスは19世紀以降南米(主にアルゼンチン)への出稼ぎ人emigranteが多く、巨額の富を抱えて本国へ戻りました。今でもカンタブリア海側には、彼らが建てたindianaとよばれる異国風の館が数多く残っています。(ガリシアとカンタブリアにもありますね。)南米でもMori姓があるようですが、その意味は「森」el bosqueだと聞きました。アストゥリアスで森さんという日本人がたくさんの子孫を残したとは思えないので、昔南米にemigrarしたアストゥリアスの人達によってもたらされた苗字ではないかと推測します。そんなふうに想像すると、なんだか楽しくありませんか。

  2. Yoshiro Niimura

    ほぼ1月前の5月7日にコメントを戴いていたの連絡が出来ておらず失礼しました。MORI姓の意味が南米ではEl Bosqueと言うのであればこれはまさしく日本の”森”姓から来たものでしょう。スペインの普通の苗字の並べ方から考えると、南米に移民したアストゥリアスの人(女性)がMori姓の(男性の)方と結婚してMori姓が先に来たと考えるのが普通でしょうか。その家族が故郷に錦を飾ったと考えると一つの物語が出来そうです。誰か休暇をアストゥリアスで過ごす方が居たら市役所で聞いてもらいたいものです。

    新村
    追伸 筆者の妻はサンタンデル出身ですが、サンタンデルではMarques de ValdecillaがIndianoとしては有名で、病院を寄贈しています。

  3. Mori姓について

    Mori姓のアストゥリアス出身者を事典で4人見つけました。
    ●Concha Mori(Oviedo1883/Gijón1972)画家
    ●Mori三姉妹;Paz, Magdalena y Pilar Mori(Luanco)網職人
    Mori三姉妹は、1929年セビーリャのイスパノアメリカ博覧会で金賞を獲得。
    (Silverio Cañada 出版「Enciclopedia Temática de Asturias」 5巻、8巻より)
    残念ながら、苗字の起源については記載されていません。全11巻あるので、どこかに書かれているかもしれません。見つけたらまたコメントします。

  4. Mori姓について

    Ediciones TREAから出版されている『Los comunistas en Asturias1920-1982』の中で、Paco Mori という愛称で呼ばれていたFrancisco Alonso Moriという人物を見つけました。1959年、アストゥリアスにおける共産党再組織に関わったと記載されています。ここまできたら俄然興味が湧いてしまったMori姓。仕事も家事も放ったらかしでいろいろ調べてみました。

    Instituto Nacional de Estadística のページ http://www.ine.es/daco/daco42/nombyapel/nombyapel.htm
    で、スペインの苗字統計を見ることができますが、国内で第一姓にMoriを持つ人は716人、第2姓では595人。県ごとに見ると、1番多いアストゥリアスではそれぞれ234人と167人、なんとマドリッドは2番目に多くて178人と139人が登録されています。www.ine.es/apellidos/formGeneralresult.do?vista=1

    Wikipediaを開いてみましたが、Mori家の家紋が出ていました。それによると、この紋章はサンタンデールのVilla de Colindresに由来すると書かれています。(とてもきれいな所です。)銀の縁取りタイプborduraで真ん中に左向きの頭蓋骨があり、jefeと呼ばれる紋章の上部に「Moride」という文字があります。また、左向きの兜の様式から、嫡流の中世下級貴族hidalgoであることがわかります。ということは、Mori姓は、19世紀半ば以降の南米移民の時代よりも、ずっと古いことになります。ただ、Morideが何を意味するのかわかりません。もしかしたら、現在は廃れてしまったMori姓の古い形ということもありえるでしょうか。もしMori姓が中世から存在するとしたら、その起源は?遣欧使節団?イエズス宣教師?それとも、実は森さんとは関係がなくて、イタリアの地名?「死」を表すラテン語のmoriだとしたら、家紋の頭蓋骨もなんとなく理解できます。苗字Moriの謎、疑問符が飛び交います。(どなたか休暇をサンタンデールで過ごされる方がいらっしゃれば、市役所か資料館で調べてみてください。)

  5. Yoshiro Niimura

    貴重な情報を有難うございます。それにしても、これは大変な事になってきました。謎めいてきて興味津々です。既に書きました様に筆者の女房はサンタンデル出身で何時も夏季休暇はサンタデルで過ごしますし、毎年Colindresを通って内陸部の村々を訪ねたり、Laredoへ行ったり、又は大好きな Santoñaの行き帰りによったりします。Wikipediaに載っている写真の左にある橋の設計者はエッフェル塔の設計者と同じと言われています。今年の夏季休暇中に調べて報告する事を約束します。

    新村

  6. Mori姓について

    まるでシナリオが用意されているような展開に驚いています。Colindresにはcasa de los Morí屋敷があるとwikipediaに書かれていますが、目にとまったのは「i」にアクセントがついていることです。「森」の発音です。イタリアの地名もラテン語も、アクセントは「o」だと思うのですが・・・・。Casa de los Moríがいつ建てられたのかわかりませんが、もし異国風のindiana建築だったらと思うと興奮してしまいます。夏のご報告を楽しみにしています。

    カンタブリアはきれいな所ですね。Santoñaは聞いたことがある名前だと思っていたら、アンチョビーの塩漬けsalazónで有名でしたね。瓶詰めの写真を見てお腹がぐぅと唸りました。

  7. Yoshiro Niimura

    GoogleでCasa de los Morí を調べてみたらColindresにある由緒ある家の説明が写真入で出ています。その中にCasa de los Moríが出ていて次の説明が載っています。

    En una casa, sobre la puerta, vemos un escudo muy antiguo de línea gótica, sin adorno alguno y con el campo partido. Aparece un esqueleto con una guadaña y árbol con animales empinantes ( armas de Mori ), en los otros cuarteles están las armas de Saravia.

    El linaje Mori es uno de los más antiguos de Colindres, donde ya estaba establecido en el siglo XV. Tenía su casa solar junto a la ermita de Nuestra Señora de la Merced. Poseían varios molinos de marea, viñas, naranjos y la famosa cruz de Mori, ( ver la casa Cachupín ), además de su capilla en la iglesia. El lema familiar era “Mallo Mori Quam Faedari” – ( antes morir que pecar ).

    この説明を見ると森姓とは関係なくMorirと関係がありそうですが、夏まで森姓に関係がありそうだという夢を持ち続けるのも良いかも知れません。なお、GoogleのページにはへローナにはCasa RuralでSant MoriがあったりアストゥリアスのLuencoに立派な(これこそIndianoの建てた家でしょう)Mori家に属し今はホテルになっている家の写真も出ています。

    サントーニャにはアンチョビの缶詰を作っている会社が幾つかありますが、以前は家族で作っていた光景はもう見られなくなりました。衛生管理面の規制や原料の漁獲量が減っている為でしょう。そのままお酒のおつまみにするのも良いですが、塩分を少し落として炊き立ての白いご飯に海苔又は青海苔や晒しタマネギをまぶして食べるのも中々美味しいものです。

    新村

  8. Mori姓について

    Casa de los Moríの写真を見ました。壁の家紋がはっきり見えなくて残念ですが、鎌と動物のいる木が頭蓋骨と一緒に掘り込まれているということは、罪を犯すよりも死を選ぶという文句を図柄にしたということですね。頭蓋の代わりに木が三本だったらよかったのにと、残念です。

    Luancoへは何度か行ったことがあるのですが、派手な外装のMori家のお屋敷は見たことがあるような気がします。キューバ生まれのindianoによって建てられたと書かれています。夢を捨てずに、今年の夏休みに訪れてみようかしらと思っています。Indiana屋敷めぐりも面白そうです。

    本棚でホコリをかぶっていた『カンタブリア』(エベレスト出版)という分厚い写真集を開いてみました。カンタブリアとアストゥリアスは、見分けがつかないほど似ていることに驚きました。後者の景色の方が荒っぽい感じがしますが、LuancoのあるGozón郡の海岸部はとくに雄大です。海を見下ろすViodoの絶壁の牧草地では、吹き上げてくる潮風に飛ばされそうになりながらカンタブリア海の荒波を見ました。知らん顔で草を食んでいた牛たち、潮風のマッサージで鍛えられたのか、ずいぶんと凛々しい感じがしました。

    サントーニャのアンチョビーは、レモンを絞ってオリーブオイルをたらして炊きたてご飯といっしょにいただくのも美味しいです。青海苔やタマネギも試してみますね。何杯もおかわりしてしまいそうです。

  9. Yoshiro Niimura

    連絡有難うございます。

    この夏の宿題としてCoindresのLa casa de los Moriの写真を撮ってきます。又、確かカンタブリア州にある紋章についての解説書(全三巻)がありますから、そこでも調べて報告します。

    LuancoはAvilésの近くにあるのですね。Avilesの町は1974年にヒッチハイクをして辿り着いた事を思い出しました。製鉄も含む工業の町で余り良い印象は無かったですが、今は港も充実されて車の輸入基地になっていると聞きました。Luancoを訪問がてら又行って見たいです。もう少しSantander寄りのLastresも(TV番組Dr Mateosで有名になりましたが)一昨年行って一泊して来ましたが、とても素敵な港町でした。

    ご指摘の様にアストゥリアスの方が荒っぽい印象を与えますが、これはカンタブリアに比べて高い山が海岸線近くまで押し出してきているからと思っています。サンタンデルから車を運転していくと違いが良く判ります。

    アンチョビーの新しい食べ方も宿題として報告します。いずれも美味しいお米があると最高ですね。

    新村

  10. Mori姓について

    ルアンコの近くのCabo Peñasの景色はショックを受けるほど壮大です。景観保護のため改装もできない古ぼけたレストランがあって、海原を見ながら食べるarroz con atúnが全然洒落ていなくて気に入っています。屋外の畑で作られた元気いっぱいの野菜は、太陽と潮風の味がします。

    沢山ある可愛らしい港町の中でも、素朴な光を放つラストレスは格別です。有名なLuarcaやCudilleroよりもしっとり落ち着いた雰囲気があります。

    夏休みが終わったら、宿題の答えあわせをしましょう。今から楽しみです。

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