マドリード日本人会

2013年1月9日のEl Mundo紙にShomei Tomatsuさんと言う日本人写真家が2012年12月14日に那覇市で82歳の年齢で亡くなられた事が報道されました。大変好意的なしかも専門的な解説が付いています。不覚ながらこの写真家の事を何も知らず、どの漢字で名前を書くのかも知りませんでした。なにしろ土門 拳しか直ぐに頭に浮かばない知識しかないのですから。

早速インターネットで調べてみると長崎と沖縄を中心に写真を撮られ、記事のタイトル”時間の止まった時計を取った写真家”は同氏の撮った長崎の原爆の現場で見つけた腕時計を指している事が判ります。

今同氏の写真を見るにつけ原爆の無残さ、無謀さ、理不尽さを目の当たりにさせられますが、それと同時に学校で習う歴史の授業が現代で”時計が止まっている”現実を認識させられ、自分の愚かさに嫌になりました。

朝日新聞英語版には1月8日付けで同じ記事が出ていましたが、その後このEl Mundo紙だけでなく世界各国の新聞が東松さんの死亡記事を1月8日あるいは9日に取り上げているようですが、12月14日に亡くなられてからそれまで如何して記事にならなかったのか何か訳が有るのでしょう。

インターネットから記事のタイトルになった時計の写真を拾って見ました。

文責:新村

4 コメント to

“写真家 東松照明さん”

  1. 木槌

    東松照明という名前は知りませんでしたが、ケロイドに苦しむ女性を撮った有名な写真を見つけて、ああ、この人かと思いました。ピカソの『ゲルニカ』もそうですが、生命の蹂躙をテーマにした場合白黒というのは訴える力が非常に強く、いつかの夢の中に出てきた一場面で、目が覚めても執拗に追いかけてくるような、そんな錯覚を起こします。

    沖縄県立博物館・美術館のポスターで『東松照明と沖縄 太陽のラブレター』と題された展示会の写真を見つけたときは、背筋がぞくっとしました。深い緑の草地を歩く女性の後ろ姿なのですが、なにか強い意志をもって自ら緑の中に吸い込まれていくような、風の音が聞こえそうな、今にもこちらを振り向きそうな不思議な写真です。時間が凍結したはずの無言の写真の中にも、言霊というものがあるのかもしれない。そう感じました。

  2. 木槌

    不思議なことに気がつきました。上記のコメントの中の、緑に吸い込まれていくような女性の写真ですが、今見たら印象が全く違うのです。振り向いたその顔には、孤独感の中にも何かを求めて生きる、どちらかといえば険しい表情が見られるような気がしていました。ところが、今日は、生きる強い意志は変わりありませんが、微笑んでいるのです。(いるように感じるのです。)色あせ、剥がれ、塵となるまで変わることがない写真なのに?
    写真も絵画と同じように、見る人の心の色で、伝わるメッセージが違うということなのでしょうか。

  3. 新村 嘉朗

    木槌さん
    13日の餅つき大会で一日中立ちっぱなしていたので疲れていましたが、やっとこの週末で元に戻りました。日本人会のHPにも入る元気が出て来ました。
    感想を寄せていただき有難う御座います。
    インターネットで仰る”東松照明と沖縄 太陽へのラブレター”のポスターを見つけて見ました。小柄な女性に見えますが、お年はどの位の方でしょうか。背中まで掛かる長い髪、違った髪の色の重なっているで髪を染めているのかとも見えますが、写真から見る姿勢から40歳以上の方にも見えます。確かに風のそよぐ音が聞こえそうです。第二次大戦で戦場になった所かも知れません。
    色いろな想像を掻き立てて呉れます。
    見る印象も日に日に変わる事もありますね。これも自分がそれだけ何かを(たとええ1日であっても)体験したからでしょう。小説を読んでいても同じことが言えますね。
    今スペイン語愛好会で次に村上春樹の”ノルウェーの森”を取り上げて原文とスペイン語訳の比較をする準備をしていますが、その中でも主人公が直子と会った草原の風景を思い出す箇所があり(講談社版文庫第9頁)木槌さんの文章をきっかけに沖縄と京都の奥山の草原が重なりました。
    新村

  4. Yoshiro Niimura

    木槌さん
    私が見たのはポスターでは無く東松照明さんが出された写真集(水声社)の表紙でした。お詫びします。
    新村

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