マドリード日本人会

木槌さんの感想にあった東松照明さんの写真展は下記の要領で開かれました。
東松照明写真展 「太陽へのラブレター」
2011年08月24日
会  場:沖縄県立博物館・美術館 企画ギャラリー1、2
会  期:2011年9月23日(金)~11月20日(日)
時  間:9:00~18:00 (金・土は9:00~20:00) ※最終入場は閉館30分前
休 館 日:月曜日(月曜日が祝日の場合は開館。翌日休館)
観 覧 料:一般1000円(800円)、 高大生700円(560円)、 小中生300円(240円)
        ※( )内は前売料金、20名以上の団体料金

木槌さんと私が見た写真が同じか(多分同じの様です)確かめる為写真を掲げてみます。確かに色々と想像を掻き立ててくれる写真です。

文責:新村

19 コメント to

“写真家 東松照明さん2”

  1. 木槌

    はい。同じ写真です。

    実はもうひとつ不思議に感じたことがあるのです。
    この写真を見つけたときは、少女だと思いました。羊でも迎えに行くのだろうかと思ったのですが(沖縄に羊がいるのかどうか知りませんが)、写真を拡大したら、白髪と手足の筋肉の細さと四角い腰から、老女ではないかと思いました。風の中を行く軽やかな足取りと、まっすぐに伸びた背が、少女だという印象を与えたのでしょうね。『太陽へのラブレター』という題名からも、生きていることを日々太陽に感謝しながら生活している女性なのかもしれません。少なくとも写真からはそう感じられます。

    『ノルウェイの森』の草原の風景ですが、読みながら脳裏に浮かんだのは、クエンカ辺りの黒っぽい岩肌に囲まれたcarrascaの木々でした。受ける印象(視覚メッセージ)というのは、人によって全く違うものなのですね。

    たった一枚の写真から、こんな会話ができるのはステキです。

  2. 新村 嘉朗

    木槌さん
    同じ写真を見ていたと判り安心しました。僕もこの女性の腕や足の筋肉、腰の張りから少女ではないと思ったのですが、年齢となるとふさふさとした髪型から判断して老女とは思えず40歳位以上と判断した次第です。

    同じ物を見ていても違った意見が出てくるのはそれぞれが違った経験、生き方をしてきたからでしょうが、本当に面白い物です。本の解釈、翻訳も同じでしょう。

    それにしても沖縄の草原の写真から羊を迎えに行くと言う発想が奇抜でした。沖縄だと豚を連想してしまいますが、草原とは余り似つかわしくありません。

    草を食むのは精々牛位でしょうが、スペインの様に季節により牛を山の中で移動させるのか、沖縄で牛をどうやって飼っているのか皆目検討が突きません。

    僕の小さい頃にNHKか何処かのラジオ番組で音楽を聴いて参加者がその音楽から得たイメージを語るコンクール番組があり好きな番組の一つでした。音楽や写真から得たイメージを友達同士で語り合うのは面白そうですね。

    新村

  3. 新村 嘉朗

    木槌さん
    聞き忘れました。クエンカのCarrascaのある草原と言う事ですが、このCarrascaが良く判りません。字引を引くと(植物)ケルメスナラとなっていますが(白水社 現代スペイン語辞典 改定版 246頁)どんなものか想像はできません。グーグルで調べると大きな木と言った感じで実はどんぐりと似ています。教えて下さい。

    それにしても”ノルウェイの森”に出てくる京都の山奥の”草原”からクエンカの黒っぽい岩肌に囲まれたCarrascaを思い出す木槌さんの想像力は大変な迫力があります。

    新村

  4. 木槌

    なるほど、羊という発想は馴染みのあるスペインの風景から出たものです。さっそく「JAおきなわ」のホームページを見てみました。http://www.ja-okinawa.or.jp/ 
    「畜産」のページに、おきなわ和牛「うちなーむん」と、アグーという琉球在来豚の血を引く黒豚の写真が出ていました。
    海が見える牧草地に、立派な黒牛が日向ぼっこをしています。(日向ぼっこ、またしてもすごい発想です。)どこかで見たことがあるような景色なのですが、カンタブリア海の牧草地に似ていませんか。「愛情と時間をかけて健やかに育てています」という説明がなんだか嬉しいです。
    黒豚の方は、これまたイノシシのような立派な体格で、イベリコ豚にそっくりです。勇ましいバッファローを連想します。(注意 ブタは心やさしい動物です。黒豚の場合は知りませんが。)
    おきなわ和牛料理の紹介ページなどもあって、霜降り肉が美味しそうです~。http://www.ja-okinawa.or.jp/agriculture/wagyu/recipe/index.html 写真から受けるイメージは、「美味しい~♪」のひとことです。沖縄っていいですね。
    あら、一枚の写真から、お腹が空く話になってしまいました。

  5. 木槌

    Carrasca はencina のことです。エストレマドゥーラの写真によく出てきます。マドリッド郊外では、コルーニャ街道のマハダオンダ周辺に多くみられます。エスコリアル街道周辺やパルマヨール湖一帯もそうです。背はさほど高くなく、枝葉の茂みは丸っこく、葉が黒っぽい針葉樹なので、注意して見ればすぐにわかると思います。ドングリは黒豚の餌になりますよね。(人間も食べますよ。)一概には言えませんが、イベリア半島内陸のカラスカは背丈が低く、葉が厚めで小ぶりでより黒く、ヒイラギのようにとげがあるものが多いように思います。裏面に白い毛が生えています。ですから寒さにも暑さにも強く、日照りの夏も耐えるので、内陸のメセタに適しているのでしょうね。「こういう樫の木を、カラスカと呼ぶんだ」と、昔、いとこが教えてくれました。

    なお、京都の風景ではなくクエンカのカラスカを想像したのは、スペイン語版で読んだからだと思います。

  6. 新村 嘉朗

    木槌さん
    博識に圧倒されています。又、仕事の関係で情報を検索する方法に長けた方の様にも見受けられます。それにしても自分の経験の中に取り込んでいるので説得力があります。

    僕はラス・ロサスに住んでいますからマハダオンダもエスコリアール(天気の良い日にはラス・ロサスから町が見えます)もバルマヨール人造湖も馴染み深い所です。カラスカを注意して観察してみます。

    カラスカが何処か馴染みがある言葉と思っていましたが、知人に在日スペイン大使館商務部部長をしていたAntonio Carrascosaさんがいる事を思い出しました。字引を引くとCarrascoあるいはCarrascaが”薪が沢山取れる森”となっていますから(但し中南米)、それと関係有る苗字と想像しました。如何言う意味かは考えて見ますが。Carrascoと言う苗字の方も知っています。これでカラスカと言う単語は忘れない様になりました。

    スペイン語で読むのと日本語で読むのと違いが出て来るのも面白いです。

    新村

  7. 木槌

    新村様
    博識ではありません。たまたま知っていることを書いただけです。知りたい、学びたい、という気持ちはあります。とくに、美味しいことは大好きです。(私の頭の中では、カラスカの木≒黒豚の生ハムです。)

    最近は聞かなくなってしまいましたが、スペインのジョークというと、「Lepe」と並んで「Carrascosa」が定番でした。カラスコッサ少年のジョークは、機知に富んだ言葉遊びがたくさんあって好きでした。今は「Jaimito」にその座を奪われてしまいましたね。(実はハイミート少年の方も、もう古かったりして。)

  8. 木槌

    言い忘れました。カラスカの木は保護されているはずです。スペインでは薪にはできないと思います。もちろん勝手に木を切り出すのは、どの木であろうが禁止ですが。でも、カラスカはよく燃えそうですね。熱量が高そうです。(これもイベリコハムのもととなるドングリからの発想です。)

  9. 新村 嘉朗

    木槌さん
    沖縄の黒豚の何とまあ逞しい格好でしょうか。JAおきなわのHPに載っている写真ではタテガミまであります。確かに猪に近い感じですし、バッファローとも遜色がありません。それに比べるとイベリコ豚(そう言えば最近イベリコ豚の定義が変更になりましたね)の方が可愛く見えます。

    牧草地は確かに北スペインを髣髴させます。カンタブリア州のSantillana del Marの町から海岸線沿いにOyambre海岸を過ぎてSan Vicente de la Barquera辺りでしょうか。

    新村

  10. 木槌

    きれいなところですねぇ。オヤンブレはカンタブリア海にしては波が穏やかな感じですね。サン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラは不思議です。浜辺のすぐ後ろに雪山が連なっている!幻想的でステキ!

    東松照明さんとは全く関係のないコメントが続いて、すみません。

  11. 新村 嘉朗

    木槌さん(お互い”さん”付けで如何でしょうか)
    先週はバルセロナ出張が入り日本人会のHPに入る時間が取れませんでした。
    サン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラ市の丘の上にある教会の後ろから、海に流れ込む川を下に見て、遠くに(雪を抱いた)ピコス・デ・ェウローパの勇姿を見るのは中々感動的です(何と無くサン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラ市観光協会の代理人みたいな感じになってきましたが)。自動車道が出来てわざわざサン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラ市を通り抜けなくても(特に綺麗な橋のところが何時も込んでましたが)市内に入れるようになりとても便利になりました。
    Carrascaのイメージをスペイン人に聞くと潅木を想像しているようですが、写真で見ると大きな木の様で中々実態がつかめません。Carrascosa少年がJaimitoに座を奪われたのもそんな理由でしょうか(関係ないかな)。
    新村

  12. 木槌

    白いタイル張りの台所には70年代の冷蔵庫、花柄の壁紙の狭い応接間には、白黒かカラーになったばかりの木箱のテレビ。スペインの一般家庭の情景が浮かびます。あくまでも私個人が笑い話から受ける感覚ですが、カラスコッサ・ジョークは戦後の木の床の教室の匂いがします。スペイン人に聞くと、授業中ボケ~っと宙を見ているちょっぴり間の抜けたちょっぴり粗野な感じの少年で、担任の先生にいつも「カラスコッサぁ!」と注意されているというイメージです。カラスコッサ少年の笑い話は、かなりピントがずれた嫌味のない発想が愉快です。黒髪の縮れ毛の少年を想像します。
    ハイミートの方は、あまり個性を感じさせません。金髪色白のいたずら少年を想像します。図書館に行くとジョークの本がたくさんありますが、学校がテーマのものによく出てきます。
    カラスコッサは、独裁から民主化への過渡期の匂いがするのではないでしょうか。(私は好きです。)

    サン・ビセンテの丘の上の教会に行ってみたくなりました。

  13. 木槌

    百科事典で調べたら、クエンカにCarrascosa という地名がありました。やはりクエンカは、カラスカの木が多いのかもしれません

  14. 新村 嘉朗

    木槌さん
    前に話をした僕の知っているAntonio Carrascosaさんは今はFROB(銀行への公的資金の注入機関)の代表者をしています。きっとそのクエンカの村の出身かも知れません。今度あった時に(非常に忙しい方なので何時会えるか判りませんが)聞いてみます。
    Carrascosa少年とJaimito君の笑い話の比較も面白いです。木槌さんの言う70年代のスペインの家庭が確かにありました。僕が最初にスペインに来たのは1973年の9月で26歳の時でした。

    新村

  15. 木槌

    東松照明さんについて、いろいろと読んでみました。

    2010年7月5日付 西日本新聞朝刊文化面に掲載された「時を削る 東松照明の60年」という寄稿文に、写真とは「選択の連鎖で成り立つメディアアート」だと言及されています。その文中に、作品の「光や風を選ぶ」と書かれています。ドキリとしました。まさにこの『太陽へのラブレター』の光と風を思いました。
    絵画でも音楽でも、風を感じさせる作品が好きです。光と影を描く絵や写真はあっても、そこに風を感じさせる作品というのはあまり出逢ったことがありません。私がこの写真にひかれる理由がわかったような気がします。

    もうひとつ、「Journalist-net Report and Opinion」というサイトで見つけた豊里友行という方の「沖縄へのラブレター ~東松照明先生という恋敵~」 と題したコラムの中で、 『日本列島クロニクル―東松照明の50年』という作品から東松さんの言葉が引用されています。
    http://journalistnetannex.blog74.fc2.com/blog-entry-1196.html

     沖縄と呼ばれる南の島々
     ぼくらは他者であることを抜けられるか
     歴史に翻弄された人びとが
     いつの日か
     眩い太陽の光の下で
     自分の歴史を
     自分の身体を貫く声で語るのを聞きたい

    写真の女性が軽やかに、そして力強く大地を踏みしめて歩いて行く姿を思いました。微笑むような柔らかい口もとの、強い意志を感じずにはいられませんでした。

    そして、週刊朝日 2013年2月8日号の記事『アラーキーも酔った「戦後写真の巨人」東松照明』に、東松さんの最後の作品は、息を引き取られた沖縄の病院の屋上に咲いていた花だったと書かれています。沖縄の光と風を浴びて天を向く、一輪の赤い花を思い描きました。
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130201-00000000-sasahi-ent

  16. 木槌

    またしても木槌です。 いつも私ですみません。

    「Internet Photo Magazine Japan」というサイトで、感動的なインタビューを見つけました。
    写真を学ぶ学生さんたちが偉大な写真家に話を聞くという企画で、東松照明さんが登場されます。
    http://www.ipm.jp/ipmj/int/tomatsu.html

    その中で、写真を始めたきっかけを語られています。20歳前、好きな女の子と会うための口実だった、と。なんだか微笑ましくて、いいなぁと思いました。

    心に響く素適な言葉がたくさんあって、たとえば、「好きな写真は?」という質問に、「いまやってる写真がいちばん好き」だから「日々新しい」とお答えになっています。そして、東松照明の世界というものはご本人の中では確立していないと語られています。もし確立できたら写真を辞めてしまわれるだろう、できていないから、気に入らないから、新しく創っては壊すということを繰り返される、と。そうしてできあがった写真は、創造主の手を離れて「自己主張し始め」るのだそうです。 素敵ですね。

    若いカメラマンの卵さんたちに語りかける東松さんの様子が伝わってきます。若者たちを大切にできる成功者というのは、偉大だと思います。私事で恐縮ですが、父は生前、大学や専門学校で講師をしていました。病気だというのに、どんなに忙しい時でも疲れていても、学生さんたちに語りかけやり取りをするのが楽しくて嬉々としていました。東松さんの、人生「大いに迷いなさい」という言葉が、胸を焦がすように強くあたたかく響きます。(なんだか感傷的になりそうです。おっと、私は若者ではありませんよ。)

  17. Yoshiro Niimura

    木槌さん
    お父様の事を聞かせて貰い有難う御座います。どうも父親と娘と言うは特別な関係で(私にも28歳の娘がいますが)、母親はその辺が良く理解出来ないと言う家庭が多いようです。僕は逆に母親の事を思い出すと感傷的になりがちです。
    東松さんはどんな方か存じ上げませんが、写真を見る限り優しい目をされていて人を惹きつける所があります。木槌さんのお父様もきっと同じ様に良い顔をされていたのでしょう。

    東松さんのインタビューを聞きました。自分の経験から出た言葉で人を意識しない所で発信するので人の心の奥まで届くのでしょう。

    今回は沖縄の豚君まで発展した話を元の東松さんの所に戻してもらい感謝しています。

    新村

  18. 木槌

    写真の場所が何処か、やっとわかりました。1973年に沖縄県の渡嘉敷(とかしき)島で撮影されたそうです。

    渡嘉敷村は、人口746人389世帯の、本島渡嘉敷島と前島、加えて8つの無人島から成ります。海亀が産卵する浜辺があったり、ザトウクジラがやってきたり、ダイビングでも有名な観光地となっているようです。
    画像を見ると、南国の楽園夢の島で、うっとりするような景色ばかりですが、実は壮絶な歴史の舞台となったところでもあります。強い意志を持って森の中に消えていくかのような女性の後ろ姿、東松照明さんが捉えた一瞬に、その歴史が見え隠れしているような気がします。

    この記事はコメントが多いので、続きは『写真家 東松照明さん 3』に書きます。

    渡嘉敷村公式サイト
    http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/
    ここの「観光について」のページで、島紹介の動画(11分41秒)を見ることができます。夢の島です。

    追伸 渡嘉敷の嘉は、新村嘉朗様の「嘉」という字ですね。

  19. 木槌

    書き忘れてしまいました。渡嘉敷村の人口は、平成20年2月末のものです。

Copyright © マドリード日本人会. All rights reserved.