マドリード日本人会

3月22日の愛好会に使用した教材をもう一つ掲載します。原文は一つしかないですが、訳は訳者それぞれの個性が出てくるもので無数にあると考えられ、どれが正しいと言うことは出来ず、どれが原文に近いかあるいは原文を上手に表現しているかが評価の分かれ目になるのでしょう。それにしてもLourdes Portaさんの訳は水準が高いと参加者全員が認める所です。それを日本語と対比しながら楽しめることは何と贅沢なことかと思います。

今回の愛好会では資料1では”目をじっとのぞきこむ”と言う表現を巡って色いろと意見が出されました。この動作を確かにスペイン語の動詞ひとつで表現するには中々難しそうですし、”Mirar fijamente a los ojos”が人の目を見ることの文化上の問題点と相まってちょっと違うニュアンスになるのではないかとの意見も出されました。”キャメルのコート”も想像力を掻き立ててくれる表現です。
資料2では”ひゅううううう、ポン”とスペイン語の”Catapún”の時間的な長さの違いに注目してみました。

文責:新村 嘉朗

ノルウェイの森 2

7 コメント to

“日本語愛好会:村上春樹を日本語とスペイン語で読む(4)”

  1. ひらおからんこ

    まず、fijamente の意味を調べてみました。
    【1】Con estabilidad y firmeza
    【2】Con atención, cuidadosamente
    Ed. Gustavo Gili  Julio Casares ≪Diccionario ideológico de la lengua española≫ より
    そしてfijo の語源ですが、ラテン語のfixusでclavadoという意味だそうです。

    1回目の「いつも相手の目をじっとのぞきこみながら質問する癖」”su costumbre de mirar fijamente a los ojos cuando hacía una pregunta”は、偽りのない答えを求めて相手を凝視する感じがして、まさにclavadoの状態が伝わります。

    2回目の「僕の目をのぞきこむ」”me mira fijamente a los ojos.”は、次の文を読むと、のぞきこむ直子の気持ちがわかります。
    「まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに。」”Tal vez esperaba ver en ellos el rastro de un pececillo que cruzaba, veloz como una centella, el fondo de un manantial de aguas cristalinas.”
    もしも日本語とスペイン語の表現を陰と陽で表現できるとするならば、前者が「陰」で、後者は明るくはっきりと輪郭を持つ「陽」だと思います。日本語の比喩をスペイン語に置き換える難しさを感じます。”Me mira fijamente a los ojos”の場合、相手の心を覗くというよりも、電光石火のごとく視界を横切る小魚の姿を求めて「見つめる」意思 clavar la mirada が強調されているような感じを受けます。

    「のぞきこむ」に込められた心の動きを読み取れても、文脈からそれぞれの微妙な違いが漠然とわかっても、では実際にスペイン語に訳せと言われたら、適当な言葉が見つかりません。Me mira a los ojos, como si buscara …. と、無難な表現におさめてしまいそうです。

    なお技術的なことですが、単語や表現の重複は、(意図的に何かの効果を狙ったのではない限り)文章の持つリズムや力を損ない脆弱な感じを与えます。とくに-menteという副詞の場合は、気をつけないと耳障りなだけでなく陳腐な印象が強くなってしまうように思います。

  2. 追記です

    既出のコメントの最後に、耳障りで陳腐な印象と述べましたが、ここで話題にしたfijamenteに対する批判的な指摘ではありません。説明不足でごめんなさい。2度目の’me mira fijamente a los ojos’の箇所を読んで感じたのは、噛み砕かれていない粗い印象を与えているのではないか、ということです。

    掲載されていませんが、スペイン語を日本語にしてみた3枚目の資料で気がついたことがあります。主人公が対話しているのは直子ではなく、大学で一緒に「演劇史Ⅱ」の講義を受けている女の子だったのですね。昨日本を読んでいて知りました。資料を読んで、直子にしては湿っぽさがまったくないあっけらかんとした会話なので違和感を覚えたのですが、長い療養後の再会で、性格が変わったのだろうと安易に解釈していました。それで、’Entiendo.’というのを「ああ。」と訳しましたが、相手が直子ではなく緑という女性だと知って、この’entiendo’は、私の中で「へぇ」だとか「ふぅん」だとか「あぁ、そう」だとか、どうでもいいやという気持ちがもう少し強いあいづちに変わりました。やはり人物像を頭の中にしっかり描いて訳すことが大切ですね。(たかが「ああ」と「へぇ」の違いで!?と思わないでくださいね~。なにしろ相手が直子だと勘違いしていたので、前者にはワタナベ君のおもいやりを込めたつもりでした。細かすぎ~、かしら。もっとも、スペイン語にしたら「ああ」も「へぇ」も「ふぅん」も、’Ya’でしょうね。)なお、村上さんの原文は「なるほど」です。

  3. 村岡 佳子

    今回の会には、どうしても出席したかったのですが、仕事の関係で
    参加できなかったことが残念です。

    村上さんのノルウエイは、日本語もスペイン語も大昔に読んだのですが、
    それから歳月がたちすぎて、内容はほとんど覚えていない状態なのですが、
    平岡さんのコメントであらためて翻訳の難しさを感じました。

    この「のぞきこむ」という部分を見た場合、スペイン語で動詞一語だと
    どう表現するのか?というのを少し考えてみたのですが、
    これといった動詞がおもいつきませんが、形容詞や副詞などをつけずに
    すっぱり表現できたほうが、スペイン語としてはしっくりくるように
    感じるのですが。。

    そう考えると、平岡さんのcalavar 案は悪くないと思いました。

  4. Yoshiro Niimura

    平岡さん
    中々微に入り細に穿った意見を出していただき大変参考になります。
    Clavarと言う動詞を字引で見てみると”8.fig. Fijar,parar,poner. Clavó los ojos en ella(Diccionario de la Lengua Española:Real Academia Española 1970)と載っています。Clavó los ojos en ellaは正に目が彼女に釘付けされたと言う事でしょうが、clavo(釘あるいは尖った物)から派生しているClavarと言う動詞に単に”Fijar,parar,poner”と言う意味合いよりもっと深い意味合いがあるのでしょう。”覗き込む”と言う意味合いも込められそうです。

    村岡さん
    それにしてもこの本をずっと前に日本語とスペイン語で読んでいたと言うのは驚異的です。

    お二人とも4月26日には欠かさずに出席して下さい。

    新村 嘉朗
     

  5. ひらおからんこ

    引き続き「のぞきこむ」です。

    「いつも相手の目をじっとのぞきこみながら質問する癖」”su costumbre de mirar fijamente a los ojos cuando hacía una pregunta”は、observar や fijar la vista に置き換えることもできそうです。

    Diccionario de uso del español によると、clavar la mirada は、fijar intensamente los ojos, la vista, la mirada en algo o alguienで、やはり「見るぞ」という意思が介入します。直子は「魚を見つけるぞ」という目的で目を覗き込むわけではないので、もう少し曖昧な視線の方がよさそうな気がします。
    そこで私はposar la mirada という表現で、posó su mirada en mis ojos はどうかと思ったのですが、夫は「う~む」と首をかしげます。まぁ、いいんじゃないか程度の評価でした。そこで彼だったら何と表現するかを聞いてみました。

    Se asomó al umbral de mis ojos.

    村上春樹がそんな抒情詩みたいな訳になるものか~、と思うのですが、確かに澄んだ泉を「のぞきこむ」直子にぴったりの表現かもしれません。 相手の心をそっと覗き込む、という感じがします。

    なお、posar la mirada は、junto con mirada, ojos o vista equivale a mirar sin fijarse と前出の辞書で説明されています。

  6. 追記です

    現在形でした。

    Posa su mirada en mis ojos.
    Se asoma al umbral de mis ojos.

  7. ひらおからんこ

    「ひゅううううう、ポン」について

    Catapún を調べました。
    辞書には ¡cataplum! と出ていますが、¡pum! に同じということで見てみると、
    “voz que se usa para expresar ruido, estallido o golpe” と説明されています。
    Ed. Gustavo Gili  Julio Casares ≪Diccionario ideológico de la lengua española≫

    西和辞典には、
    ●¡cataplum! または ¡cataplún! で 「ずどん!がちゃん!ぽん!(と物の落ち、衝突した時の擬音)」
    ●¡pum! 「ぽん(小銃の発射、たたく音などの擬音語)」
    同じような表現に ¡pumba! 「どしん、どすん(物が落¡ちる・倒れる音)」
    ≪白水社≫
    ●¡cataplum! は 「がちゃん!、どしん!、どん!」
    ●¡pum! は 「ずどん、発砲のひびき」
    ≪エンデルレ書店≫
    以上のように書かれています。

    「カタプン!」は、「ひゅううううう」抜きの「ポン」という音で、一瞬にして井戸の底に落ちてしまったと感じられるわけですね。Catapluuuuuuuuuum とか cataplummmmmmmm とするのはおかしいし、どのような擬音があるのでしょうか。

    そこで思い出したのが、JM Ken Niimura (新村健)さんの『アイ キル ジャイアンツ』です。(昨年、第5回国際漫画賞で最優秀賞を獲得された作品です。Norma Editorial JM Ken Niimura “Soy una Matagigantes” )
    怪人が倒れる場面を開いてみました。痛そうな大文字で “Ksssh” と “splash” と書かれています。英語なのかな?と思いましたが、後者は殴った時の音としてスペイン語でも使うそうです。「ひゅううううう」という擬音語は無いと夫に言われました。

    結論。「ひゅううううう」はスペイン語に変換不可能ということで、Caaataaaapluuuun, pum!

    追伸/日本語は擬音語や擬態語が多く使われると思います。だからといって、子供っぽい印象を与えるわけではありません。例えば雨。ザーザー降ったりサラサラ降ったり、ポツポツ降ることもあれば、パラパラだったりシトシトだったり。スペイン語では雨降りの状態を表す動詞を使い分けますよね。Llover, llover a cántaros, diluviar, lloviznar, chispear, gotear, chaparrear などなど。(Chubasco という名詞はあっても、chubasquear という動詞はありませんね。)音がない雨はぴんとこなくて、昔はなかなか使い分けができなかったことを思い出します。

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