マドリード日本人会

3月22日に使用した教材の三つ目を添付してみます。ここではラジオ体操の持つ意味が話題になりました。日本人でも地域や年齢によってNHKラジオ体操の受け取り方が変わることが判りましたが、このラジオ体操の音楽を聴くと何と無く体が自然に動くこと、途中で判らなくなると続けられないことは共通しているようでした。
また、”さっぱりと言った”と言う表現を巡ってその意味合いの違いに色いろな意見が出されました。スペインの方からは”solté a bocajarro”が暴力的な意味合いがあるのではないかとの面白い指摘もあり、日本語の”さっぱり”にその様な意味合いがあるのか、男の寮生同士の会話でのこの表現の使い方についても議論が出て来ました

なお、訳者のLourdes Portaさんよりは時間さえ都合が付けば喜んで日本人会で話をしても良いとの好意的な返事を貰いましたので皆さんにお伝えします。

文責:新村 嘉朗

ノルウェイの森 3

2 コメント to

“スペイン語愛好会:村上春樹を日本語とスペイン語で読む(5)”

  1. ひらおからんこ

    A bocajarro の意味を調べました。
    【1】Tratándose de disparos, hechos desde muy cerca.
    【2】Tratándose de la manera de comunicar algo o dar una noticia, bruscamente, sin preparación.
    Ed. Gredos María Moliner ≪Diccionario de uso del español≫より

    ここで使われている「さっぱり」の意味は、
    【1】さわやかなさま
    【2】いやみのないさま、あっさり
    (三省堂『広辞林』より)
    さわやかなさま。よごれなどとどめず、気持ちがよいさま。しつこくないさま、あっさり。
    (『岩波 国語辞典』より)

    なんとなく憎めない相手「特攻隊」君の性格をよく知っているからこそ、「さっぱりと言った」のだと理解できます。たんに「唐突に」切り出したという感じではなさそうな雰囲気です。この訳は宿題になっているので、次のスペイン語愛好会で続きを話すことにします。(なぁんて。実はまだ宿題は終わっていないのでした。)

  2. ひらおからんこ

    今日、異なる2人の訳者によるバルザックの”Eugenia Grandet”を少しだけ読んでみました。たった一つの表現で、思い浮かべる情景がこれほどまで違ってくるのかと、唖然としました。

    (1)Las landas más yermas
    (2)Los campos más deslucidos

    冒頭の1行ですが、同じ描写でも、(1)は人影のない土地、草は茂っていなくても生命の営みを感じるような広大な大地、(2)はもっと乾いた、時折カラスのケーンという鳴き声が聞こえてくるような、無機質の土地、という風景を思い浮かべます。

    バルザックの原文を知らないのですが、ガルドスと比較される作家だということは、きっと文体は格調高く、物事の本質をびっちりと捉えた厳選された言葉が連なっているのだろうな、と想像します。(私個人の想像ですから、実際は違うのかもしれません。)

    訳本は作家の感性により近いものを読みたいと思いますが、語源が同じヨーロッパの言語でさえ訳者(=読み手)によってこのように異なる表現になるのですから、季節や風景の中に感情を織り込んでいる日本人の心を他言語で伝えるというのは、本当に困難だということがわかります。

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