マドリード日本人会

去る4月26日午後6時半から”村上春樹を日本語とスペイン語で読む”その二と題して勉強会が日本大使館多目的ホールで開かれました。前回の3月22日の勉強会に勝るとも劣らない17名が参集して”ノルウェイの森”を教材に日本語の世界とスペイン語の世界の綾なす密林を探検して来ました。今回は時間の関係で参加できなかった前回の出席者の方に代わり新規の参加者の方が多かったのも特徴でした。

今回使った下のファイルにある教材4では冠詞の使い方で頭を悩ましました。具体的には

y no sentían unos deseos muy fuertes de estar a solas

と言うところですが、日本語には無い冠詞のニュアンスの違いが議論となりました。スペイン語の訳はそのまま読めば問題なく素直に頭に入って来ますが、

冠詞を使わずy no sentían deseos muy fuertes de estar a solasと表現、

定冠詞を使ってy no sentían el deseo muy fuerte de estar a solasと言ったり、

y no sentían los deseos muy fuertes de estar a solas の違いが研究課題となりました。

”二人きりで居たいというような願望はそれほど強くはないようだった”と”ような”あるいは”よう”が使われる表現と

”二人きりで居たいという願望はそれほど強くはなかった”と言う表現で日本語で差があるのかも話題になりました。スペイン語の訳は後者の訳に当るでしょうか。

断定を嫌う日本語とスペイン語の断定する表現の間に文化の違いがある感じです。日本語の意味合いを尊重するとParecerと言う動詞を使っては如何かとの提案を有りました。

それにしてもスペイン語だけを読んでいる分には素直に理解できる上手な訳だと思われます。

勉強会の楽しい雰囲気を見ていただくために福田さんが撮ってくれた写真を掲載します。当然福田さんが写っていませんが、福田さん感謝。

文責:新村 嘉朗

ノルウェイの森 4

1 コメント to

“スペイン語愛好会:村上春樹を日本語とスペイン語で読む(7)”

  1. ひらおからんこ

    これまでに話題となった箇所で、一番頭を悩ませてくれたのがこの“unos”の使い方でした。スペイン語で読んだ時の響きが、どうもしっくりこないのです。でもその原因が何なのかよくわからず、発言しながら何をしゃべっているのか自分でもチンプンカンプンでした。(なんという無責任な!)聞いている参加者の皆さんはもっとわからなかったでしょうね。そこでもう一度、冷静に考えてみました。

    まず、私だったらunosを取り払って、no sentían deseos muy fuertes de estar a solas とすると発言しましたが、これは「二人きりでいたいという強い願望」のことで、願望が限定されます。(私には、何度も何度も二人きりになりたいというように響きます。)ここでの「二人きりでいたい」という願望は、数ある内の一つとして挙げられているわけですから、私が言った訳では意味が違ってしまいます。原文とは焦点がずれてしまうのです。

    それと、unosを日本語に訳すと「というような」になるとも発言しましたが、“unos”を “algunos”に置き換えてみるとわかりやすいかもしれません。No sentían algunos deseos muy fuertes de estar a solas. と言うと変です。De estar a solas は「二人きりでいたい」という限定された願望ですから、単数形の el deseo de estar a solas です。つまり、冠詞にしても定冠詞にしても、複数形になることはないはずです。もっともここでは、冠詞も定冠詞も要らないと思いますが。

    語り手のワタナベ君が言いたいのは、直子とキズキ君は周囲も認めている関係で、幼なじみでお互いを知りつくしていて、どちらかといえば淡白な感じのカップルだということだと思うのですが、それを考えると、・・・・y no parecían sentir aquellos deseos propios de una pareja joven como el de estar a solas.こんな感じになるかなぁ、と思います。意訳を越して「飛訳」ですね。・・・・y parecía que los deseos como el de estar a solas no eran tan fuertes.なんて直訳すると、外国人向けのスペイン語入門書の例文みたいになってしまいます~。

    追記 ただいま下巻を読み進めていますが、このテキストの「多くの幼なじみのカップルがそうであるように、彼らの関係は非常にオープンだったし、二人きりでいたいとうような願望はそれほどは強くはないようだった。」という箇所で思い描いた印象が、ことごとく裏切られることになりました。“unos”なんかに構っていられないほど衝撃を受けたことをお伝えします。

Copyright © マドリード日本人会. All rights reserved.