マドリード日本人会

9月6日(金)に在スペイン日本国大使館,多目的ホールにて開かれた 吉村 桂充 さんによる公演,上方舞 第二部「ゆき」の録画ビデオです.
作詞:作詞: 流石庵 羽積 (りゅうせきあん はづみ),作曲:作曲: 峰崎 勾当 (みねざき こうとう)
歌詞説明:
雪は静かに音もなく降りつもります。家々も木々も何もかも、真綿のような雪におおわれ、白一色の世界となり、すべてがはらい清められてゆきます。そんな雪ふる夜の清らかな静寂の中で、実らぬ恋の悲しみ、苦しみから逃れ、心の平安を得るための俗世を捨てて仏門に入った一人の女性が、ふと昔のことを思い出し、涙をこぼします。
お寺の鐘を聞いては、独り寝のわびしさに寂しさがこみ上げ、去って行った恋しい人のおもかげを追い求め、心が乱れます。煩悩をたちきるために仏門に入ったはずなのに、ますます燃えあがる恋心。捨てたはずの俗世の迷いに、思いは何時までも蔦葛(つたかずら)のようにからまりもつれて涙する女心を描きます。

上方舞「和の心」 吉村桂充 第二部 「ゆき」 投稿者 ACJMadrid

1 コメント to

“上方舞「和の心」 吉村桂充 第二部 「ゆき」”

  1. 木槌

    感動するとすぐに真似したくなる私は、鏡を見ながらツタカズラのような女心を表現してみようと思い立ちました。雪に染み入る鐘の音を冷たい寝床で聞きながら、心の奥深くに眠っていた恋心が甦る・・・・。結果は言うまでもなく、茶番劇。がっかりしてしまいました。(あたりまえですが。)亡霊になってなお恋する人を想う、バレエの『ジゼル』だったら真似事くらいできるのに~。経験のなさだけが原因なのではなくて、自分の感性はすっかり西洋に染まっているのかもしれないと、二重のショックを受けました。

    良寛和尚と貞心尼の心の通いを描いた『蓮(はちす)の露』という歌集があります。貞心尼が肌身離さず持っていたという、良寛と交わした歌を綴った自筆の冊子です。遠方から訪れくる貞心尼を、今か今かとひとり庵で待つ良寛の、会えない寂しさよりも、会えたときの嬉しさが子どものように純粋で、胸が熱くなります。目に映る自然の営みの中に人の心を織り込んだ、まさに和の心、つまり一瞬静かに見える風景の中に隠された激しい気持ちを、相手に押し付けるのではなく、雪解けの水に、たなびく雲に、「流している」のが日本人の感性なのだと納得します。

    和歌の気持ちは理解できるのに、「ツタカズラ」を体現することは不可能なのでした。あらら。

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