森下 敬一郎 公使 インタビュー

 10月15日、森下公使(1959年兵庫県生)の着任インタビューで広報部の池ノ谷、石丸と文化部の柴崎、新村が公使執務室にお伺いし、インタビューいたしました。

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1. ご家族の話を聞かせてください
  私は父親が銀行員でして、その転勤先の兵庫県で生まれましたが、4人兄弟(男、女、男、女)の長男です。父親は私が生まれてからそれほど経たないうちに東京に転勤になり、私が小学校5年、6年生の時に山形県に転勤になった時を除くと全て東京で住みました。 山形県での思い出は仲間に溶け込もうと必死になって山形弁を兄弟共々覚えた事です。 お陰でいじめにも合いませんでした。
2. どうして外交官を目指そうとされたのですか
  学生時代に国際交流をするサークルに入っていましたが、シンガポールを初めとして各国の学生を集めてセミナーを開催したりして外国との接触に興味を持った事がきっかけです。
3. 外交官になられてスペインと関わるきっかけは
  ご承知の様に外務省では入省時に研修する外国語が指定されますが、私は英語、フランス語そしてスペイン語を希望して、最終的にスペイン語に決まりました。

 その後1985年から1987年までは研修の為サラマンカとマドリード、1996年から1999年までは一等書記官として、そして今度公使として三回目の赴任となります。

 最初の時は1975年のフランコ総統の死後民主化への移行期を経て10年経った時期でしたがフェリーペ・ゴンサレス首相の人気が絶対的でしたから民衆党が政権を取る事など想像も出来ませんでした。

ところが1996年にはアスナール首相、今回の赴任では昨年11月にまた民衆党が政権を取り何かめぐり合わせを感じます。
4. スペイン語はどの様に勉強されましたか
  まずは東京でスペイン語の研修を受けてからスペインに来てスペイン語を勉強しました。

 ちなみに前任地のブリュッセルではフランス語の必要な場面があり同じラテンの言葉ですから、スペイン語の知識は助けになりました。 ただ、聞く話すには苦労しましたので、大学で第二外国語として取っていたフランス語をもっと勉強しておけばよかったなと思ったものです。
5. スペインでは日本がどう受け入れられているでしょうか
  日本の皇室とスペインの王室は歴史的に良好な関係を保っています。経済面では今回の不況でスペイン企業は日本市場の重要性を改めて認識する様になっていますし、中南米では双方の強みを生かした相互協力が必要になっています。

 また、文化面では日本食、漫画アニメ文化をはじめソフトの面でその力を発揮しています。 食文化では寿司、刺身が大変普及したのも以前と比べて大きな違いです。 ご承知の様に外務省では5年前から国際漫画賞を主催しています。
6. ご趣味や関心のあることを教えてください
  テニスです。 こちらの駐在員などの日本人の方が作っているサークルに入れていただきまして、毎週3時間ほどプレーするのを楽しみとしております。 腕前は中級といったところでしょうか。

 また、スキーもいたします。 研修生時代、サラマンカにいた時は学生のスキーのグループに入れてもらって、ピレネーへ彼らと一緒に行ったりもしておりました。 こちらも腕前は中級という事にさせてください。 前回、スペインにいた時には、ナバセラダへ日帰りで行っておりました。

 日本では野沢温泉などに行っておりましたので、スペインではスキーと温泉が一緒に楽しめないのが少し残念ですが、バルネアリオがたくさんあるようですので、楽しみにしています。 オレンセにも露天風呂があるとのことで、そちらも訪問してみたいです。
7. お好きな食べ物などを聞かせてください
  休日は妻と食事に出かけるなどし、前回の勤務からずっと好きなアサードを食べるのを楽しみにしています。

 お酒は、あんまりたくさんはいけないのですが、飲むのは好きです。スペインでは以前よりもボデガもずいぶん増えたみたいですね。前回の勤務先のブリュッセルでも、スペインワインは売っているのですが、結構いい値段で、でも知らないボデガのものがありました。
8. 今回のご赴任は奥様もご一緒ですか
  はい。 1996年の赴任時は家内と子供二人も一緒に赴任しました。

 その時に家内もスペイン語学校に通って最低限のスペイン語は覚えていますのでそういう意味で家内にとっても今回の赴任は楽です。 今回の赴任が決まって喜んでいました。
9. 2013-2014年は日西400周年が開催されます
  はい、日西400周年は私の勤務期間の中でも最も重要なミッションになります。大使館として大使を初めとして盛り立てたいと思っていますが、日本人会はじめすべての皆さんに協力いただき、成功に導きたいと思います。
10. スペインの節々の時に赴任されていますね
  私も自分でラッキーだと思っています。 外務省でもスペイン語研修する者は何人もいますが、必ずしも皆がスペインに勤務できるわけではないので、3回スペインに来ることが出来たことはうれしいことです。
11. 外交官として一番うれしかったこと、また一番辛かったことは
 うれしかったというより、外交官として珍しい経験は、2000年頃に北朝鮮に原子力発電所を作るという任務の関係で、北朝鮮を訪問したというものです。 今、日本から観光ツアーは出ていますが、外務省員ですとかえって行けない場所でしたので、珍しい経験でした。

 いろいろ大変なことはありますが、邦人の方が事故で亡くなった時は辛いことがありました。

 メキシコで領事担当の方はいたのですが、たまたま別の州で事故があって不在であった時に、カンクンで若い女性が事故にあいました。日本のご実家に電話をしてお父様に事故で亡くなられたとお伝えした際、電話口からお母様が明らかに泣き崩れられた様子がわかって私にとってとても辛い経験でした。
12. 日本人会会員,在西日本人の方達へメッセージ
 日本人会の皆様こんにちは。このたび在スペイン日本大使館の次席としてスペインに赴任してまいりました、森下敬一郎と申します。よろしくお願いいたします。

 私は大使館員の任務として、日本人会員の皆様をはじめとして、在留邦人の方々にできる限りのお手伝いをすることを考えております。 何かありましたらぜひお声掛けください。

 森下公使には,お忙しい中インタビューの時間をいただき有り難うございました.


森下 敬一郎 公使 インタビュー 投稿者 ACJMadrid